資本主義社会の世界で貧富の格差が世界中で広がっている。 「ミニマリスト」という言葉を最近耳にした。ググったら、Netflixで映画があるのでMinimalismというドキュメンタリー映画を見る機会があった。予告編をYouTubeでみつけたのではっておきます。

https://youtu.be/0Co1Iptd4p4

映画の内容は、おおまかにお伝えします。現代社会はモノにあふれすぎていて、モノに振り回されている人が多い。そして決して幸せでは無い。いっそのこと、モノを全て捨ててしまって、身軽になってみればどうだ?捨て去る勇気をもつこと、モノにしがみつくのでは無く、解放されてみればどうだ?

30代の男2人が、自身がなぜミニマリストになったのかを本にした。彼らがその本の宣伝と自分たちの考えを伝えるために、全米各地に講演するドキュメンタリー映画。

モノを買うってことは決して悪くはなく、モノと共存すること、ある種の理想型なのかもしれないけど、「量より質を信じる」考え方と著者は伝えています。

映画:ミニマリストをみて感じたこと

私はこの映画を評価したい。アリだなとおもった。手法の一つ、考え方の一つ、生き方の一つ。何故そう感じたのか、その根拠はまだわからない。いまこの記事を書きながら考えている。

生きていく中で、必要なモノは買わないといけない。今後もモノを買い、使い、時にモノを語ることもするだろう。選ぶモノは自分にとって「おもしろい」「素敵」「紹介したい」「語りたい」「質の高い」モノたちです。そこには「所有欲を満たすカリスマ的」なファクターがそのモノ達に存在する。このブログでも「モノ」を語るときがくるかもしれない。

ただ、そのモノ達に振り回される気は無いが、ミニマリストからすれば、15秒に1度iPhoneの画面を見るか触っている状況は、間違いなくガチの依存症か、その傾向が強いはず。何か外からのインプットや情報を得ること作業をしないと気が休まらないという不思議な強迫観念がある。そこまで大げさなものじゃないかもしれない。単なる癖、なのかもしれない。

しかし、現代病の一つに陥っているかもしれないなぁ、と感じる。だからこそ、バランスが必要なのかなとおもう。

理想の形を見つけること

「ミニマリストになる」とうことよりも、どうすれば「幸せになる」事が出来るのか、を考えたい。

じゃぁ、幸せって一体なんだろう?

人は働き、稼ぎ、物欲を満たす。何故か? 金を得ること、地位をえることは社会で成功することが幸せだ、とすれば、働かない人は幸せじゃないのか?

ちがうちがう。

みなそれぞれにある「欲」を満たしたときに「幸せ」を感じるはずですよね。

資本主義の世界では、働き、稼ぎ、物欲を満たすというサイクルを繰り返していくウチに、なぜ働くのか、何故稼ぐのかを考えなくなるらしい。少なくとも映画の中のふたりは、あるときまでは「成功者」を呼ばれていたが、

自分自身が不幸せで、バランスを失ってしまったと感じた時点で、全てを捨て去る決意をしたそうだ。モノを捨てる勇気は、普段生活していても感じる。デスク周りを整理することありますよね。

あぁ、これ取っておこう、んー、これは今度つかうかも、なんていいながら結局、去年の領収書や、落書きやめ古いメモ、もうこれはいらないであろう、という手紙や書類以外は捨てない。

でも、自分で買った物は、できるだけおいておく。

倉庫を借りておいてまで保管する人がいる。別にそれは悪いわけじゃ無い。働いて稼いで大切なご自身のお金でかったものですからね。本や漫画のコレクションなど大量にモノを持っている人がいますよね。

映画の中でも主人公が言ってまました。「いいんですよ、そのモノたちのにおいや手触りが気持ちよければおいておけばいい。決してそれに振り回されることなく、有意義に利用価値があるものであれば、おいておけばいい。」と

極端にそのたぐいのモノまで捨てることはありませんしMinimalismを貫くための妨げにはなりません。ミニマリストになるというのは、一つの手段です。意図的にモノを少なくして生きるという選択をした人達のことを言います。

持っている「欲」をある程度みたすと、飽きてくるから、広告などに煽られて爆買いしてしまう人がいる。これも日々生きていてストレスがたまるから、その発散の方法の一つかもしれません。

人の「欲」は無限だといいます。消費社会の中にいて、消費をすることが当たり前の世の中。私の場合は、本業で「稼ぐ」という意識がなかった20年を過ごした。これはラッキーだったとおもう。本業のために本業をする。お金はあとでついてくる。質の良いモノを提供すれば、お金は後回し。決して悪いサラリーをもらっていたわけじゃない。年齢相応以上のものをもらっていたとおもう。

でも、結局、金が入れば入るほど、足りない足りないという感覚があった。いま思えば、おかしな感覚だったなとおもう。結論から言えば、決して「幸せ」ではなかった。何故かわからないけど、「満たされている」という感覚がなかった。

これからどうすべきかを考えてみた

選択肢はいろいろあります。私は理想型をみつけてみたい。ミニマリストという言葉にあてはまるかどうかわからないけど、必要最低限のモノだけで生きるのは少し寂しい。いまの自分の生活サイクルの中で、ブログを書くにあたり、Macbookが必要最低限だ。iPadやiPhoneも当然。3つも4つもいらないけど、ブログのレビューを書くなら買っちゃうだろうな。でも、振り回されないようにするために、そのモノたちとの付き合い方を吟味しようとおもう。

元々ファンションには大して興味が無く、ニューバラのスニーカーにジーンズにTシャツ(誰かにそっくり)で充分だといつもおもっているし、カラーバリエーションはもともと少ない方。紺、白、黒さえあれば満足だ。

本は欠かせない。でも、最近はモノをかわずKindleだ。これでモノの「量」がかなり減っているのは間違いない。本はかさばりますから。そうか、私は既にミニマリスト的な生き方をしているのかもしれない、とおもった。

仕事に使うものは別部屋で保管しているが、これは「財産」にあたる価値のものなので処分はまずしない。しかし、これ以外に、特に全て捨て去らないと自分が不幸になる!とおもうようなモノはない。皆さんも、もし、ご自身がモノに囲まれすぎて、しんどい思いをされているなら1度この映画をNetflixでみてください。

こういう考えもあるんだな、とおもいますよ。決して極端ではなく、一つの選択肢と考えれば気がラクになるとおもいます。

おすすめの記事